《このホームページの歴史》
- このホームページの開設は2000年を数年過ぎた頃のこととである。敢えて調べる必要もないことである。とうに情報化社会を迎えているのに、この当時、インターネットやホームページがどのような効能を発揮するのかをわかっている人は、川崎市商店街連合会・役員にはほとんど居なかったと言えるだろう。
- そのような環境にありながら、ホームページを開設することになった。ある事務局発言が記憶に残っているのだが「川崎市商店街連合会の情報新聞を発刊できなくなったので、ホームページに変える」と言うことだった。特に意見は言わなかったが、情報新聞が発刊できなくなったのは、社会の流れから商店が衰退し、その結果組織も後退し、活動や話題がなくなったという結果であり、ホームページ開設とは何の関係もないことと私は思っていた。
- ホームページ開設において、事務局から「商店名を掲載するから、希望者はその一覧表を提出して欲しい」と各支部におふれが回ってきた。私の支部は「数千軒もある各々の商店を掲載し、その商店の入れかわりを管理することなど不可能」と考え調査も提出もしなかった。川崎市商店街連合会のホームページからは「各支部の商店街の一覧を掲示」し、ホームページを持つ商店街にはリンクを張り、の範囲しか実行不可能と考えていた。各店舗はそこからリンクしてもらえばよい。ホームページも持てない商店街は、今やそれなりとも考えていた。
- 平成21年度になって「情報の陳腐化の指摘(新しい商店が追加されない、なくなった商店がいつまでも残っている)」が発生した。前言のことが表面化しただけのことである。多少、知る私としては改版をお手伝いすることとした。大きな変更点は、
- 前言の個人商店の掲載はやめる(ホームページ上は商店街までを意識すればよくなる:今やネットワーク内の検索エンジンが進歩したので、店舗検索などでこんなところをたどる人など皆無だろう)。
- 事務局が作成し掲載できる部分を設ける(ホームページは基本的には業者に依存している。しかし、業者に依存の経費面から半固定的な内容になる。そもそもホームページはダイナミックに情報が変化するから見に来るものであり、固定のものなど見に来なくなる。ダイナミックな情報掲載を考えなければならないが、それは事務局マターが多い。)。
- トップページにカウンターを設ける(カウンター数が増えないのを恥ずかしがる人が居るが、増えないことを反省し情報改善を目指すべきものである。とは言え、性格上多くの人が見に来るものではないだろうから、神経質になる必要もない)。
- 上記改版においては、業者に構造面(ホームページの各々のファイルを、どのように整理するか:図書館の本の整列のようなもの)まで当方で指定し、多少の変更を加えている。業者は、依頼者の組織構造や活動まではわからず、構造を提案し決めてしまう場合がある。こちらのチェック能力もないから、仕方がない面もある。これが、将来の増築や改築の支障になる。こんなことを避けるためである。ただし、経費面から、そのままとした部分も残されている。
こんな点が、基本的な改版のポイントである。
- 何故、このような記述をしたのかだが「歴史は繰り返すという」、経緯を残しておかないと、意味ある逆戻りならよいのだが、過去を知らない人が意味なき逆戻りすることがあるからである。
また、未だに川崎市商店街連合会の情報伝達はFAXである。私の支部内は電子メール・FAX混合、多分商店街は電子メール主体などになっているところも多いだろう。理由は明白なのだが、上部組織ほど遅れている点は反省し改善すべきだろう。
- そもそもホームページにはいろいろな性格があるだろうと思う。一般的には「宣伝」だが、私はこのような組織や性格のホームページには「書庫的な役割」も意識している。過去のおおまかか経緯などを蓄積しておけば、過去がどうだった?などと古い書類を保管する必要も引き出してくる必要もない。情報はしっかりとプロバイダーが保管してくれている。「いつでも、どこでも、誰でも(=ユビキタス)」見ることが出来る。
2010.4.5 岡野洋貴(平成21,22年度 高津支部長)
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